愛猫擦り寄る 「ふふ……愛おしい。余を守り、愛し抜く手だ」 テランスの右手を撫でまわす、高貴な猫がそう鳴いた。 指先から指の股をつうっとなぞり、手のひらの硬い豆をちょいとつついては、嬉しそうにくちびるを緩める最愛の人。今にもごろごろと喉さえ鳴らしてくれそうで、テランスの眦は愛らしさにとろんと蕩けた。 手付かずの左手で、じゃれつく頭を優しく撫でる。すると、ご満悦なはずの愛猫様から、間髪入れずにぴしゃりと跳ね除けられてしまった。 首を傾げる。さて、なにがご不満なのか。右手は未だ、にぎにぎと遊ばれているのだが。 もう一度、左手をそうっと近づけてみる。魅惑のかんばせに到達する寸前、理不尽な上目遣いに咎められ、ああなるほどと破顔した。 「私から触れるのは禁止なのですか?」 「そうだ。余がお前を愛する番だ」 「それは重畳」 優位に立って胸を張る、その愛くるしさがじんわり胸に沁み渡る。大人しく弄ばれているうちに、テランスの硬い指の腹が、無垢なくちびるのうえに招かれた。 ディオンには、気に入ったものを口元に持っていく癖がある。まるで幼子のような仕草だが、一番のお気に入りたるテランスは、もう何百回とそのくちびるで味あわれている。あどけなくもいやらしい、とっておきの可愛い癖だ。 目を細めて、美しいくちびるをじっと眺める。紅を指さずとも桜色に艶めいて、撫でられれば撫でられるほど、甘く色づく彼のくちびる。視界と指先でやわらかなそれを感じて、ぱちぱちと光が爆ぜるようだった。 もはやテランスの指が撫でているというより、彼のくちびるに愛でられているといった様相だが、その蹂躙は好ましい。 うっとりと息を吐いたら、悪戯な上目遣いと目が合った。楚々として開いたくちびるから白い歯がちょいと覗いて、逞しい指を甘く食む。 こうなると油断はできない。困ったことに彼の噛み癖は愛嬌も威力も絶大で、テランスをすぐダメにしてしまう。 かじらないでくださいね、なんて建前だけの抵抗を示す前に、歯形がつくほどがじりとやられた。思わず笑う。マーキングなんてされなくたって、テランスはとっくにディオンのものだ。 「ディオン様は本当に私の手が好きですね」 「太くて硬くて筋張っている。勇猛な騎士の手だ。噛み心地もいい」 「味見ですか? お口に合えばよいのですが」 「味なんかとっくに知っている。好きだから食べているのだ」 噛み跡を、小さい舌がちろりと撫でる。指を咥えたままの双眸が、挑むようにこちらを向いた。挑む、というには熱と期待が大いにこもり、仔猫が腹を見せて万歳をしているような、勝ちを譲る眼差しだ。 いじらしいおねだりに飛びつきたくなる心地を抑えて、テランスは紳士を装った。 「私から触れてはならないんでしたね?」 「……お前はときどきいじわるを言う」 麗しいくちびるがむっと尖った。 「順番は守りませんと。それとも、『私が愛される番』はもうお終いですか?」 「……いじわるばっかり言う」 ますます尖った。 相好を崩して白旗を掲げる前に、ディオンの指先がテランスの左手を運んでいって、手のひらいっぱいにぺとりと頬をくっつけた。金糸がさらりと流れて光る。すべすべのほっぺを思うさま擦り付けられて、愛を囁く余裕もなくしたテランスは、忍び笑いもほどほどに額をこつんとくっつけた。 「今度は私が貴方を愛する番だ」 「うん。お前が欲しい。指では足りない」 贅沢な睫毛の下から男をねだり、お気の向くまま懐いて甘えて、尊大に私を炙って蕩かす、ヴァリスゼアいち可愛い愛猫。 「仰せのままに。私のディオン」 擦り寄るくちびるに返事ごと食べられて、ちうちうと吸われるまま熱い吐息にねぶられた。 「いっぱいしてくれ……」 「欲張りさんだなあ。お腹いっぱいにしてあげますよ」 「ふふ! 残さず平らげてやる」 「ほんとに食べられちゃいそうだ」 可愛いうなじにリボンを結んで、家猫にできたらいいのにな。 叶わぬ夢想はさておいて、くにゃりとしなだれとびきりの媚態を見せる恋人に隅から隅まで味わってもらうべく、テランスは愛しい身体に覆い被さった。 ▶︎ 他ジャンル小説一覧へ戻る favorite いいね THANK YOU!! THANK YOU!! とっても励みになります! back 2025.10.6(Mon)
「ふふ……愛おしい。余を守り、愛し抜く手だ」
テランスの右手を撫でまわす、高貴な猫がそう鳴いた。
指先から指の股をつうっとなぞり、手のひらの硬い豆をちょいとつついては、嬉しそうにくちびるを緩める最愛の人。今にもごろごろと喉さえ鳴らしてくれそうで、テランスの眦は愛らしさにとろんと蕩けた。
手付かずの左手で、じゃれつく頭を優しく撫でる。すると、ご満悦なはずの愛猫様から、間髪入れずにぴしゃりと跳ね除けられてしまった。
首を傾げる。さて、なにがご不満なのか。右手は未だ、にぎにぎと遊ばれているのだが。
もう一度、左手をそうっと近づけてみる。魅惑のかんばせに到達する寸前、理不尽な上目遣いに咎められ、ああなるほどと破顔した。
「私から触れるのは禁止なのですか?」
「そうだ。余がお前を愛する番だ」
「それは重畳」
優位に立って胸を張る、その愛くるしさがじんわり胸に沁み渡る。大人しく弄ばれているうちに、テランスの硬い指の腹が、無垢なくちびるのうえに招かれた。
ディオンには、気に入ったものを口元に持っていく癖がある。まるで幼子のような仕草だが、一番のお気に入りたるテランスは、もう何百回とそのくちびるで味あわれている。あどけなくもいやらしい、とっておきの可愛い癖だ。
目を細めて、美しいくちびるをじっと眺める。紅を指さずとも桜色に艶めいて、撫でられれば撫でられるほど、甘く色づく彼のくちびる。視界と指先でやわらかなそれを感じて、ぱちぱちと光が爆ぜるようだった。
もはやテランスの指が撫でているというより、彼のくちびるに愛でられているといった様相だが、その蹂躙は好ましい。
うっとりと息を吐いたら、悪戯な上目遣いと目が合った。楚々として開いたくちびるから白い歯がちょいと覗いて、逞しい指を甘く食む。
こうなると油断はできない。困ったことに彼の噛み癖は愛嬌も威力も絶大で、テランスをすぐダメにしてしまう。
かじらないでくださいね、なんて建前だけの抵抗を示す前に、歯形がつくほどがじりとやられた。思わず笑う。マーキングなんてされなくたって、テランスはとっくにディオンのものだ。
「ディオン様は本当に私の手が好きですね」
「太くて硬くて筋張っている。勇猛な騎士の手だ。噛み心地もいい」
「味見ですか? お口に合えばよいのですが」
「味なんかとっくに知っている。好きだから食べているのだ」
噛み跡を、小さい舌がちろりと撫でる。指を咥えたままの双眸が、挑むようにこちらを向いた。挑む、というには熱と期待が大いにこもり、仔猫が腹を見せて万歳をしているような、勝ちを譲る眼差しだ。
いじらしいおねだりに飛びつきたくなる心地を抑えて、テランスは紳士を装った。
「私から触れてはならないんでしたね?」
「……お前はときどきいじわるを言う」
麗しいくちびるがむっと尖った。
「順番は守りませんと。それとも、『私が愛される番』はもうお終いですか?」
「……いじわるばっかり言う」
ますます尖った。
相好を崩して白旗を掲げる前に、ディオンの指先がテランスの左手を運んでいって、手のひらいっぱいにぺとりと頬をくっつけた。金糸がさらりと流れて光る。すべすべのほっぺを思うさま擦り付けられて、愛を囁く余裕もなくしたテランスは、忍び笑いもほどほどに額をこつんとくっつけた。
「今度は私が貴方を愛する番だ」
「うん。お前が欲しい。指では足りない」
贅沢な睫毛の下から男をねだり、お気の向くまま懐いて甘えて、尊大に私を炙って蕩かす、ヴァリスゼアいち可愛い愛猫。
「仰せのままに。私のディオン」
擦り寄るくちびるに返事ごと食べられて、ちうちうと吸われるまま熱い吐息にねぶられた。
「いっぱいしてくれ……」
「欲張りさんだなあ。お腹いっぱいにしてあげますよ」
「ふふ! 残さず平らげてやる」
「ほんとに食べられちゃいそうだ」
可愛いうなじにリボンを結んで、家猫にできたらいいのにな。
叶わぬ夢想はさておいて、くにゃりとしなだれとびきりの媚態を見せる恋人に隅から隅まで味わってもらうべく、テランスは愛しい身体に覆い被さった。
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