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アニホムマツ工場
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No.27

たまゆらの微睡に添う


 テランスはときおり、たとしえない懺悔の心に見舞われる。

 組み敷かれてなお清らかに咲く恋人の、慈愛の色に染まるくちびる、悦びにもえたつ身体のなだらかな稜線、きららかな頬をつたう涙のひとすじ、そうしたものを認めたとき、テランスの胸は掻き乱れ、許しを請わせてもらえぬものかと、たけりたつ楔を突き入れながら膝をついて頭を垂れてしまいたくなる。
 彼を抱いているときはいつも、罪なき喉笛に噛み付いて、純白の羽根を煩悩に染め上げていくような、そんなさまを己のうちに広げている。いつしか終わりに手招かれたとき、神の御許へ召されるべきディオンが欲に濡れそぼった翼のせいで羽ばたけず、共に地獄へ向かう羽目になったとしたら、己が彼を貪り尽くしたからに違いない、と。
 けれど、その奥深い混迷を見透かしたかのように、ディオンは力強い男の手でテランスの背をかき抱いて、契り結ぶそこをみだりがわしく蠢動させて、「テランス……」と口端を上げて愛を呼ぶ。ひとつに交ざる身体を無上のようにうち震わせ、無垢なる幻想を脱ぎ捨てて、私は果ててなおお前と共に在るのだと、言外にテランスの魂を愛撫する。
 極上の馳走を貪り、暴いて、腹の奥に迎え入れられながら、身勝手に哀れな仔犬の面で鼻を鳴らしていたテランスは、そうして同じだけの愛欲に浸されて、拘泥を深いものにする。
 互いをくまなくまさぐって、触れぬところのないほど愛を確かめ合ったあと、テランスはいつも恋人の無垢な寝顔を眺めて、ディオンのすべてを胸に刻んだ。
 テランスの目は、愛しくまろいディオンを余すことなくつぶさに映す。なにより気高いその光は、テランスの目を焼くことなく楽しませ、ただ在るだけで肌に沁み入り心まで温める。波打つ純白のシーツに横たえられた身体の、いかに冴え勝りまばゆいことか。足あとひとつ残せぬ高潔な雪原のようでいて、テランスにとってディオンはとこしえに絢爛の春である。
 乱れた金糸を優しく梳いた。頽廃の世にありながら、閉じた瞼に安らぎをのせる彼の四辺には、テランスが育てた眷恋の花が咲き誇っているようである。ディオンに注がれる溺れるほどの愛情、そのおこぼれを吸った花々はあるじに似て勇ましく、きっと太陽たる彼に向いている。これほどの想いは世に名高き斬鉄剣にも斬れまいと、幻想の花々で愛しい人を包んで満たし、ひとり笑う。
 衣擦れの音がして、微睡みのふちをさまようディオンのゆびが、テランスのゆびをひとつ、ふたつ、……しまいにはいつつ握って止んだ。あどけなく、無防備なようでいて、テランスの骨を抜くには十分な攻撃だった。

 テランスはときおり、たとしえない懺悔の心に見舞われる。

 けれどディオンの度量がその憂いを良しとせず、『私を愛せ』と熱烈に男を蕩かすものだから、テランスの仄暗きは照らされて、光の皇子の最たる伴として胸を張り、二本の足で立っていられる。
 荘厳な翼広げてテランスを招く、愛しいディオン。いつまでも彼の隣で、幸多からんことを願ってやまない。
 額にくちづけられた彼が睫毛をふるりと震わせて、しかし瞳をあらわすことはかなわずに、あえかな吐息を枕に落とした。

「余をひとり夢のなかに見送るつもりか。そうはさせない……」

 睡魔にどっぷり浸かったくちぶりで、再びふにゃふにゃとゆびを握りこまれる。テランスは布団よりも上等な体躯で彼を覆って、「おやすみディオン。いい夢を」と緩んだくちびるで、彼にとっておきの愛を捧げた。


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