いい子にご褒美 「ホムラ、お誕生日おめでとう」 良い子寝静まる子三つ刻。 全ての針が十二を指してひとつ歳を重ねたわたしの寝室、音もなく現れたその人は、跳ね起きたわたしに覆い被さるようにベッド脇へ乗り上げて、甘い声でそう言った。 「っ……!? た、んじょうび」 「そう。おめでとう。今年も私が一番乗りだ。なんでも欲しいものを言いなさい」 ふわふわの髪にちょいと寝癖をつけた可愛い人が、わたしのベッドの上にいる。 ──夢、かと思ったが、重ねられた手のひらから伝わる温もりが現実だと告げている。瞬いて、もう一度瞬いて、恍惚と見つめていたら、「なんだかふにゃふにゃしているなあ」なんて仕方なさそうにこてんと首が傾いた。 月明かりに浮かぶ最愛の人、マツブサ様は、誕生日を祝うには過分で目に毒な微笑みを浮かべて、もそもそと布団の中に潜り込んできた。ぎょっと目を見開いたわたしをよそに、シルクのパジャマがしゃらりと鳴って、冷えた裸足がわたしのくるぶしにぺたりとくっつく。慌てて布団をかけ直して差し上げると、にっこりと満足げな笑みが返った。 お可愛らしい、いつにも増して。 それにしたって、吐息の混ざるほど近しい距離で、喉から手が出るほど欲してたまらない存在に「欲しいもの」を問われたら、咄嗟に言葉は出ないものである。 「ま、つぶさ様……あ、あの」 「ふふ、あったかい。こうしていると昔みたいで懐かしいな」 ちょいと手招かれては抗えず、ずるずると布団の中に舞い戻る。二人寄り添って横臥するなんて、もうどれだけ振りだろう。幼い頃は安心感に包まれていた胸が今はときめきに高鳴って、下心が布団の中に満ちていく。 そんな男心の機微を知ってか知らずか、向き合った人の滑らかな手のひらが、わたしの脇腹をなぞって背に回された。親愛のお仕草だろうか、敏感なところを刺激したそれにぞくぞくと背筋が震えて、くちびるを噛み締める。 誕生日を祝ってくださるのは嬉しいが、だからこそ、わたしがとうに幼い男の子ではないと認めてもらわなければ困る。己に執着を向ける男のたくましく育った身体とひとつ布団にくるまるなんて、無垢というには婀娜めいて、蠱惑的と呼ぶには無防備だ。 「ん……、それで? 去年は遊園地でデートをしたな。今年はなんだ? たまには思いきり我儘を言うといい」 指の腹がつうと背の窪みをなぞる。 心臓がばくんと高鳴り、急激に下腹へ血が集まるのを感じて、据え膳、なんて言葉が脳裏をよぎった。鮮烈な期待にごくりと喉が鳴る。 「……マツブサ様のぜんぶをください」 ご命令なのだから、腹の底から思いきった我儘を。 上目遣いのおねだりに愛しい瞳はきょとんと瞬き、くちびるが優雅に弧を描いた。 「待てない?」 「は、い……」 保護者然としていた人が、ひといきに艶冶な空気を纏った。返した声は見事に掠れて、くすくすと愛らしく笑われる。余裕も体面も奪われて、丸裸にされた気分だ。マツブサ様の視界に映るわたしはきっと、浅ましい顔をしているに違いない。 唾を飲む。火照った頬を、細指がちょんとつついた。 「どうしたい? 優しくしたい? それとも、乱暴にしたい……?」 頬をつたった指先に顎を撫ぜられて、かっと身体が熱くなる。──どうしたいと聞かれても、ただ、マツブサ様とエッチなことをして、とろとろに蕩けて一つになりたい。 くちびるが震えて、ちょっと迷ってから「優しく、めちゃくちゃにして差し上げたい、です」と答えた。それが正解なのかはわからない。けれど、マツブサ様は嬉しそうに破顔した。 「だーめ。二十歳になったらな」 垂涎のご馳走をちらつかせ、ひょいと無慈悲に取り上げる。うっとりと頬を撫でながら、砂糖菓子みたいなくちぶりで。 マツブサ様の意に反することなどしたくはないが、「ワガママ」を求めたのはマツブサ様だ。なにより、麗しいかんばせに拒絶の色は見られない。握った拳は震えたが、決意の声はすっと通った。 「わたしはもう立派な大人です。二十には足りませんが、マツブサ様をお守りするに足る膂力と実力は備えているつもりです」 「そうだな。お前は本当に、すこぶる良い男だよ」 「ならば、どうしてまだお許しいただけないのですか……?」 二十歳になった自分なんて想像もつかないけれど、マツブサ様を想う気持ちなら、例え未来の自分であっても負ける気はしなかった。 わたしの前髪をすくって遊ぶマツブサ様を視線でなぞる。愉快そうに小首を傾げる優雅なお顔、赤毛から覗く真白いうなじ、たおやかに滑る細い指、そして、布団に隠れて見えはせずとも、目に焼き付いて離れない、なだらかな流線を描く柳腰、すらりと伸びる美しきおみ足……。 あと数年の辛抱なんて拷問だ。早くその御身の奥深くまで飲み込んでいただかないと、愛が溢れて溺れてしまう。 ふと、胸元に縋りつかれて、耳元にくちびるが寄せられた。熱い吐息になぶられて、ぞくぞくと肌が粟立ち昂る。柔らかな肉のぴとりとくっついたそこ、わたしの耳の中へ、男を溶かす灼熱の告白が注がれた。 「お前の特別になりたいのだよ」 きゅうと細められた瞳と目が合った。とうにわたしのとっておきに君臨しておきながら、そうと知っている可愛いお顔で、そんな罪深いことを言う。 『特別』の距離で見つめ合い、口づけすらくださらずにはにかむ人が愛おしくって憎らしくって、華奢な身体に覆い被さり抱きすくめた。ぎゅうと力強い腕の中、「んっ、」なんて鼻に抜ける甘い声を漏らしたマツブサ様は、わたしの背を両手で掻き抱いて、おまけに、いやらしく脚を絡ませたりなんてする。 「どうか、弄ばないでください、マツブサ様……」 「愛しいお前を弄んだりなどするものか。お預けだよ。いい子なら容易いな?」 ──こんなお預けがあってたまるか! ぐるぐると喉が鳴る。マツブサ様の太ももにすり寄せた下半身が甘く痺れて、息が浅くなっていく。服越しにくっついているだけで、こんなにも気持ちがよくてたまらない。大きく息を吸う。清潔なソープの香りに隠れて、芳しいマツブサ様の匂いがする。押し付けたくちびるを迎えるうなじは、温かくて、すべすべで、男を誘う味がした。 ああ、このままずぶずぶに合わさってひとつになることのできたなら、どんなにか素晴らしいことだろう……。 「ふふ、こーら。『待て』だぞ、悪い子だ」 「ふ、うう、マツブサ様っ……」 マツブサ様のご命令が頭の中でぼんやり溶けて、腰が動くのを止められない。お預けもできずに身勝手な劣情を押しつけて、情けなくて恥ずかしくて、でも、マツブサ様は犬がお好きだから、盛りのついた雄犬もきっと愛してくださるはずで、だから……。 みっともない言い訳が口をつきそうになって、魅惑の首筋をはむはむ、あむあむと甘く噛んで誤魔化すように閉じ込めた。食らいつかれてなお抵抗の兆しがない人は、心地よさそうに喉を鳴らして、あえかな吐息が漏れるのを隠そうともせず、わたしの頭を撫でている。 「ン、はぁ……。二十歳の記念すべき日にという他にも、私はロマンチックなのでね。『初めて』は満点の星空の下がいい、」 「わたしの部屋にはプラネタリウムがあります」 「…………」 食い気味に返す。お返事はなかったが、マツブサ様が興味を持たれた気配がしたので、勢いづいて言い連ねた。 「お布団だって、この通りとってもふかふかです。マツブサ様が選んでくださった最高級の寝具です」 「……ん、ふ……」 腕の中の身体がふるりと震えた。覗き込んだかんばせは、愛おしさを噛み締めるようにふにゃりと相好を崩している。 口説き落としてみろ、ということか。 合点して、闘志に心がぎらついた。 「もちろん朝ご飯もお作りします。マツブサ様が大好きな紅茶もご用意します」 「あは、……ふ、うん、……」 「この世の何より大切にします。わたし以上にあなたを慮れる者などおりません」 「そうだな、ふふ……」 「愛していますマツブサ様、お慕いしています、もっとぎゅってしてください」 「うんうん、ふっ、ふふふ……」 可憐な笑い声を漏らしたマツブサ様が、雄を挑発するように腰を揺らした。交尾の真似事にふける下半身が灼熱に膨らんで、ますます息が荒くなる。焦らされているのだか、煽られているのだか、とにかく早くお許しが欲しかった。 発情期の獣よろしく迫っておきながら、仔犬の素振りで鼻先をくっつけて慈悲を乞う。とても大人の男とは思えないような、甘えきった声が二人の間にとろりと溶けた。 「マツブサ様、意地悪をなさらないでください……。ちんちんが痛いです、可愛がっていただけますか……?」 「ははは! お前という奴は、愛らしい顔をして獲物に噛みついて離さない、まったくポチエナそっくりだ!」 満面の笑みを咲かせたマツブサ様のくちびるが、ちうと天使みたいな音を立てて、わたしのくちびるに重なった。 キス、夢にまでみた、額にでも頬にでもない、くちびるへのキス! 柔らかくてふわふわで、信じられないほど気持ちがよくて、芯まで痺れて一気にのぼせた。すぐに離れてしまった魅惑のくちびるを夢中で追いかけると、にゅるりと蕩けるように熱いなにかをくちびるのあわいに差し込まれた。 ──マツブサ様の舌だ! 清楚なマツブサ様の末端が、わたしの舌を、初心な粘膜を、ぬるぬると熱く淫らにあやしている。 あまりの快感になすがまま身を任せていると、柔な手のひらに尻を掴まれて、思わずビクンと身体が跳ねた。絡み合っていた舌がゆるゆると引っ込められるのを、回らぬ頭で追いかける。可憐なくちびるに舌を吸われて、ビリリと全身に電流が走った。鼻息荒く見つめる先で、情欲に濡れた瞳に純情を射抜かれて、わたしはすっかり茹で上がってしまった。 「はぁっ、は、まつぶささまっ……! エッチです、うう、マツブサ様っ……」 「おや、エッチな私は嫌いかな……?」 「いえ、いいえ、でも……マツブサ様も、きもちい、ですか……?」 「ふふ、どうかな。ほら、触って、舐めて、好きにして……私が気持ちよくなっているか、じっくり確かめてごらん。おいで、ホムラ」 「マツブサ様っ……!」 マツブサ様が身を委ねてくださる、マツブサ様が、わたしの、わたしだけのマツブサ様が! パンパンに膨らんだ欲望がまなざしひとつではち切れそうで、僅かに残る理性が「っ、ですが、ゴム、とか……じゅんび、なんにも……!」と待ったをかけたけれど、わたしの頭を抱き寄せた人の蕩けた声が、なにもかもをとろかした。 「してあるよ。いい子で我慢していたのだものな?」 敵わない。きっと二十歳になったって、マツブサ様にとってわたしはいつまでも可愛い男の子なのだろう。 とどめに「からかってすまない。お前があまりに愛おしくって」なんて頭をくしゃくしゃに撫でられたものだから、わたしはその夜、愛しい人に縋りついて求愛するのをやめられず、火にかけられたバターみたいにとろとろに甘やかされて、ベッドが壊れて笑い転げるなんて夢みたいに最高な誕生日を堪能させていただいたのだった。 favorite いいね THANK YOU!! THANK YOU!! とっても励みになります! back 2025.10.5(Sun)
「ホムラ、お誕生日おめでとう」
良い子寝静まる子三つ刻。
全ての針が十二を指してひとつ歳を重ねたわたしの寝室、音もなく現れたその人は、跳ね起きたわたしに覆い被さるようにベッド脇へ乗り上げて、甘い声でそう言った。
「っ……!? た、んじょうび」
「そう。おめでとう。今年も私が一番乗りだ。なんでも欲しいものを言いなさい」
ふわふわの髪にちょいと寝癖をつけた可愛い人が、わたしのベッドの上にいる。
──夢、かと思ったが、重ねられた手のひらから伝わる温もりが現実だと告げている。瞬いて、もう一度瞬いて、恍惚と見つめていたら、「なんだかふにゃふにゃしているなあ」なんて仕方なさそうにこてんと首が傾いた。
月明かりに浮かぶ最愛の人、マツブサ様は、誕生日を祝うには過分で目に毒な微笑みを浮かべて、もそもそと布団の中に潜り込んできた。ぎょっと目を見開いたわたしをよそに、シルクのパジャマがしゃらりと鳴って、冷えた裸足がわたしのくるぶしにぺたりとくっつく。慌てて布団をかけ直して差し上げると、にっこりと満足げな笑みが返った。
お可愛らしい、いつにも増して。
それにしたって、吐息の混ざるほど近しい距離で、喉から手が出るほど欲してたまらない存在に「欲しいもの」を問われたら、咄嗟に言葉は出ないものである。
「ま、つぶさ様……あ、あの」
「ふふ、あったかい。こうしていると昔みたいで懐かしいな」
ちょいと手招かれては抗えず、ずるずると布団の中に舞い戻る。二人寄り添って横臥するなんて、もうどれだけ振りだろう。幼い頃は安心感に包まれていた胸が今はときめきに高鳴って、下心が布団の中に満ちていく。
そんな男心の機微を知ってか知らずか、向き合った人の滑らかな手のひらが、わたしの脇腹をなぞって背に回された。親愛のお仕草だろうか、敏感なところを刺激したそれにぞくぞくと背筋が震えて、くちびるを噛み締める。
誕生日を祝ってくださるのは嬉しいが、だからこそ、わたしがとうに幼い男の子ではないと認めてもらわなければ困る。己に執着を向ける男のたくましく育った身体とひとつ布団にくるまるなんて、無垢というには婀娜めいて、蠱惑的と呼ぶには無防備だ。
「ん……、それで? 去年は遊園地でデートをしたな。今年はなんだ? たまには思いきり我儘を言うといい」
指の腹がつうと背の窪みをなぞる。
心臓がばくんと高鳴り、急激に下腹へ血が集まるのを感じて、据え膳、なんて言葉が脳裏をよぎった。鮮烈な期待にごくりと喉が鳴る。
「……マツブサ様のぜんぶをください」
ご命令なのだから、腹の底から思いきった我儘を。
上目遣いのおねだりに愛しい瞳はきょとんと瞬き、くちびるが優雅に弧を描いた。
「待てない?」
「は、い……」
保護者然としていた人が、ひといきに艶冶な空気を纏った。返した声は見事に掠れて、くすくすと愛らしく笑われる。余裕も体面も奪われて、丸裸にされた気分だ。マツブサ様の視界に映るわたしはきっと、浅ましい顔をしているに違いない。
唾を飲む。火照った頬を、細指がちょんとつついた。
「どうしたい? 優しくしたい? それとも、乱暴にしたい……?」
頬をつたった指先に顎を撫ぜられて、かっと身体が熱くなる。──どうしたいと聞かれても、ただ、マツブサ様とエッチなことをして、とろとろに蕩けて一つになりたい。
くちびるが震えて、ちょっと迷ってから「優しく、めちゃくちゃにして差し上げたい、です」と答えた。それが正解なのかはわからない。けれど、マツブサ様は嬉しそうに破顔した。
「だーめ。二十歳になったらな」
垂涎のご馳走をちらつかせ、ひょいと無慈悲に取り上げる。うっとりと頬を撫でながら、砂糖菓子みたいなくちぶりで。
マツブサ様の意に反することなどしたくはないが、「ワガママ」を求めたのはマツブサ様だ。なにより、麗しいかんばせに拒絶の色は見られない。握った拳は震えたが、決意の声はすっと通った。
「わたしはもう立派な大人です。二十には足りませんが、マツブサ様をお守りするに足る膂力と実力は備えているつもりです」
「そうだな。お前は本当に、すこぶる良い男だよ」
「ならば、どうしてまだお許しいただけないのですか……?」
二十歳になった自分なんて想像もつかないけれど、マツブサ様を想う気持ちなら、例え未来の自分であっても負ける気はしなかった。
わたしの前髪をすくって遊ぶマツブサ様を視線でなぞる。愉快そうに小首を傾げる優雅なお顔、赤毛から覗く真白いうなじ、たおやかに滑る細い指、そして、布団に隠れて見えはせずとも、目に焼き付いて離れない、なだらかな流線を描く柳腰、すらりと伸びる美しきおみ足……。
あと数年の辛抱なんて拷問だ。早くその御身の奥深くまで飲み込んでいただかないと、愛が溢れて溺れてしまう。
ふと、胸元に縋りつかれて、耳元にくちびるが寄せられた。熱い吐息になぶられて、ぞくぞくと肌が粟立ち昂る。柔らかな肉のぴとりとくっついたそこ、わたしの耳の中へ、男を溶かす灼熱の告白が注がれた。
「お前の特別になりたいのだよ」
きゅうと細められた瞳と目が合った。とうにわたしのとっておきに君臨しておきながら、そうと知っている可愛いお顔で、そんな罪深いことを言う。
『特別』の距離で見つめ合い、口づけすらくださらずにはにかむ人が愛おしくって憎らしくって、華奢な身体に覆い被さり抱きすくめた。ぎゅうと力強い腕の中、「んっ、」なんて鼻に抜ける甘い声を漏らしたマツブサ様は、わたしの背を両手で掻き抱いて、おまけに、いやらしく脚を絡ませたりなんてする。
「どうか、弄ばないでください、マツブサ様……」
「愛しいお前を弄んだりなどするものか。お預けだよ。いい子なら容易いな?」
──こんなお預けがあってたまるか!
ぐるぐると喉が鳴る。マツブサ様の太ももにすり寄せた下半身が甘く痺れて、息が浅くなっていく。服越しにくっついているだけで、こんなにも気持ちがよくてたまらない。大きく息を吸う。清潔なソープの香りに隠れて、芳しいマツブサ様の匂いがする。押し付けたくちびるを迎えるうなじは、温かくて、すべすべで、男を誘う味がした。
ああ、このままずぶずぶに合わさってひとつになることのできたなら、どんなにか素晴らしいことだろう……。
「ふふ、こーら。『待て』だぞ、悪い子だ」
「ふ、うう、マツブサ様っ……」
マツブサ様のご命令が頭の中でぼんやり溶けて、腰が動くのを止められない。お預けもできずに身勝手な劣情を押しつけて、情けなくて恥ずかしくて、でも、マツブサ様は犬がお好きだから、盛りのついた雄犬もきっと愛してくださるはずで、だから……。
みっともない言い訳が口をつきそうになって、魅惑の首筋をはむはむ、あむあむと甘く噛んで誤魔化すように閉じ込めた。食らいつかれてなお抵抗の兆しがない人は、心地よさそうに喉を鳴らして、あえかな吐息が漏れるのを隠そうともせず、わたしの頭を撫でている。
「ン、はぁ……。二十歳の記念すべき日にという他にも、私はロマンチックなのでね。『初めて』は満点の星空の下がいい、」
「わたしの部屋にはプラネタリウムがあります」
「…………」
食い気味に返す。お返事はなかったが、マツブサ様が興味を持たれた気配がしたので、勢いづいて言い連ねた。
「お布団だって、この通りとってもふかふかです。マツブサ様が選んでくださった最高級の寝具です」
「……ん、ふ……」
腕の中の身体がふるりと震えた。覗き込んだかんばせは、愛おしさを噛み締めるようにふにゃりと相好を崩している。
口説き落としてみろ、ということか。
合点して、闘志に心がぎらついた。
「もちろん朝ご飯もお作りします。マツブサ様が大好きな紅茶もご用意します」
「あは、……ふ、うん、……」
「この世の何より大切にします。わたし以上にあなたを慮れる者などおりません」
「そうだな、ふふ……」
「愛していますマツブサ様、お慕いしています、もっとぎゅってしてください」
「うんうん、ふっ、ふふふ……」
可憐な笑い声を漏らしたマツブサ様が、雄を挑発するように腰を揺らした。交尾の真似事にふける下半身が灼熱に膨らんで、ますます息が荒くなる。焦らされているのだか、煽られているのだか、とにかく早くお許しが欲しかった。
発情期の獣よろしく迫っておきながら、仔犬の素振りで鼻先をくっつけて慈悲を乞う。とても大人の男とは思えないような、甘えきった声が二人の間にとろりと溶けた。
「マツブサ様、意地悪をなさらないでください……。ちんちんが痛いです、可愛がっていただけますか……?」
「ははは! お前という奴は、愛らしい顔をして獲物に噛みついて離さない、まったくポチエナそっくりだ!」
満面の笑みを咲かせたマツブサ様のくちびるが、ちうと天使みたいな音を立てて、わたしのくちびるに重なった。
キス、夢にまでみた、額にでも頬にでもない、くちびるへのキス!
柔らかくてふわふわで、信じられないほど気持ちがよくて、芯まで痺れて一気にのぼせた。すぐに離れてしまった魅惑のくちびるを夢中で追いかけると、にゅるりと蕩けるように熱いなにかをくちびるのあわいに差し込まれた。
──マツブサ様の舌だ! 清楚なマツブサ様の末端が、わたしの舌を、初心な粘膜を、ぬるぬると熱く淫らにあやしている。
あまりの快感になすがまま身を任せていると、柔な手のひらに尻を掴まれて、思わずビクンと身体が跳ねた。絡み合っていた舌がゆるゆると引っ込められるのを、回らぬ頭で追いかける。可憐なくちびるに舌を吸われて、ビリリと全身に電流が走った。鼻息荒く見つめる先で、情欲に濡れた瞳に純情を射抜かれて、わたしはすっかり茹で上がってしまった。
「はぁっ、は、まつぶささまっ……! エッチです、うう、マツブサ様っ……」
「おや、エッチな私は嫌いかな……?」
「いえ、いいえ、でも……マツブサ様も、きもちい、ですか……?」
「ふふ、どうかな。ほら、触って、舐めて、好きにして……私が気持ちよくなっているか、じっくり確かめてごらん。おいで、ホムラ」
「マツブサ様っ……!」
マツブサ様が身を委ねてくださる、マツブサ様が、わたしの、わたしだけのマツブサ様が!
パンパンに膨らんだ欲望がまなざしひとつではち切れそうで、僅かに残る理性が「っ、ですが、ゴム、とか……じゅんび、なんにも……!」と待ったをかけたけれど、わたしの頭を抱き寄せた人の蕩けた声が、なにもかもをとろかした。
「してあるよ。いい子で我慢していたのだものな?」
敵わない。きっと二十歳になったって、マツブサ様にとってわたしはいつまでも可愛い男の子なのだろう。
とどめに「からかってすまない。お前があまりに愛おしくって」なんて頭をくしゃくしゃに撫でられたものだから、わたしはその夜、愛しい人に縋りついて求愛するのをやめられず、火にかけられたバターみたいにとろとろに甘やかされて、ベッドが壊れて笑い転げるなんて夢みたいに最高な誕生日を堪能させていただいたのだった。
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