春の腕(わたしのうで) ホムラの腕はひんやりしている。 ほどよく日に焼け、惚れ惚れするほど筋肉質で、ぺたぺたと手触りのよい腕だ。ひやりとしたそれに触れれば、体温も威厳も慎みをもしっとりと奪い去られてしまう。 私のふたつの手のひらに包まれてほのかに温まっていく様子に「雪融けのようだ」とひとりごつと、「春のグラエナをお呼びでしょうか」なんて、真っ向から交えた視線も逸らさずに、明るいうちからそんな困ったことを言う。 ひのこで炙られたように紅潮していく自覚があって、くちびるを結んで撫でさする。ふいと伸ばされた手の甲が「春ですね」と優しく頬を撫で、髪の毛を耳にかける素振りで耳の縁をつうとなぞっていった。こくりと喉を鳴らしても、夜を思い起こさせる指先は、それ以上私に触れることはない。 「お前のせいで、ぜんぜん麗らかじゃない……」 「はい。マツブサ様こそ綺麗に溶けていらっしゃる」 恨みがましく睨めつけても、涼しい顔でいるから悔しい。 張りのある肌をつねってみたら、やはり微動だにせず、「あまりお可愛らしいことをなさらないでください。真っ昼間ですよ」なんて飄々と言い放つ。どの口が、となんだかおかしくなってきて、思わずふにゃふにゃ笑ってしまった。 オイタした痕が赤く染まっているのに気づいて、円を描くように指の腹で労っていると、自由にしているもう一方の腕が私に寄ってきた。 硬い指先が、いち、に、……三本、羽のようにくちびるを撫でていく。そうされるのは好きなので、愛しい指をふんわり食むと、「マツブサ様……」と掠れた声が降ってきた。 意趣返しは成功だ。若い雄は相変わらず平静を装っているものの、まなざしだけがぎらぎらと欲に濡れている。……成功、だろうか。少しやり過ぎてしまったような。 今さら気づいても、もう遅い。感極まった不埒な両腕に抱きすくめられてしまって、ちっとも抜け出せそうにない。 「ふふ。くるしいぞ、ホムラ」 「くるおしい、のお間違いではないでしょうか」 たいそうな自信だ。けれど、男の顔がくちづけもなしに首筋にぎゅうと埋まったものだから、照れてるな、ふふん、と得意になった。勝ったと言いたいところだが、この勝負、遺憾ながら引き分けである。 だって私の両腕も、ホムラの背を掻き抱いて離れない。溶けたところがくっついてしまったみたいで、だからそう、溶かしたホムラが悪いのだ。春だなんだと言いながら、一足飛びに熱帯夜を運びこむ男には、責任をとってもらわなければなるまい。 「今日はお前の腕が痺れるくらい、思いきり尽くしてもらおうか」 「腕どころか全身痺れてしまいそうです。ラフレシアさえ凌駕する抗いがたい猛毒だ。ああ、素敵ですマツブサ様……」 人をどくポケモン扱いしてうっとりするな。 口説き文句は微妙だったが、縋り付く力強い腕、頬をくすぐる短髪、火照った吐息、どれもこれもが可愛らしくて、悪い気がしなくなってしまった。 紫の髪を鼻先でかきわけて、ちうと何度かくちづける。耳をぱくりと食んだ途端に跳ね起きた赤い顔と至近距離で見つめ合い、くちびるの重なる寸前で囁いた。 「ふふん。望み通り動けなくして、頭からぱくりと食ってやろう」 「毎度動けなくなるのはマツブサ様の方ですが」 「ぶ、無礼な……!」 間髪入れずに返された。口では冷静に突っ込んで、余裕のない様子で昂ぶりをグイと押し付けてくる。まったく、可愛くなくて可愛い男だ。ぞくぞくと背筋が震えても、腕の檻にとらわれていては逃げ場もない。観念して……いや、こうしたかったのは、最初から私の方だ。 ぎゅっと抱きしめ返して、お好きにどうぞと身体で示す。今度はホムラが身を震わせた。ぬくぬくとした気持ちになって「春だな」と今一度告げてやれば、「はい、お花畑みたいです……」なんていよいよ愛らしいことを抜かすので、声を上げて笑ってしまった。 favorite いいね THANK YOU!! THANK YOU!! とっても励みになります! back 2025.10.6(Mon)
ホムラの腕はひんやりしている。
ほどよく日に焼け、惚れ惚れするほど筋肉質で、ぺたぺたと手触りのよい腕だ。ひやりとしたそれに触れれば、体温も威厳も慎みをもしっとりと奪い去られてしまう。
私のふたつの手のひらに包まれてほのかに温まっていく様子に「雪融けのようだ」とひとりごつと、「春のグラエナをお呼びでしょうか」なんて、真っ向から交えた視線も逸らさずに、明るいうちからそんな困ったことを言う。
ひのこで炙られたように紅潮していく自覚があって、くちびるを結んで撫でさする。ふいと伸ばされた手の甲が「春ですね」と優しく頬を撫で、髪の毛を耳にかける素振りで耳の縁をつうとなぞっていった。こくりと喉を鳴らしても、夜を思い起こさせる指先は、それ以上私に触れることはない。
「お前のせいで、ぜんぜん麗らかじゃない……」
「はい。マツブサ様こそ綺麗に溶けていらっしゃる」
恨みがましく睨めつけても、涼しい顔でいるから悔しい。
張りのある肌をつねってみたら、やはり微動だにせず、「あまりお可愛らしいことをなさらないでください。真っ昼間ですよ」なんて飄々と言い放つ。どの口が、となんだかおかしくなってきて、思わずふにゃふにゃ笑ってしまった。
オイタした痕が赤く染まっているのに気づいて、円を描くように指の腹で労っていると、自由にしているもう一方の腕が私に寄ってきた。
硬い指先が、いち、に、……三本、羽のようにくちびるを撫でていく。そうされるのは好きなので、愛しい指をふんわり食むと、「マツブサ様……」と掠れた声が降ってきた。
意趣返しは成功だ。若い雄は相変わらず平静を装っているものの、まなざしだけがぎらぎらと欲に濡れている。……成功、だろうか。少しやり過ぎてしまったような。
今さら気づいても、もう遅い。感極まった不埒な両腕に抱きすくめられてしまって、ちっとも抜け出せそうにない。
「ふふ。くるしいぞ、ホムラ」
「くるおしい、のお間違いではないでしょうか」
たいそうな自信だ。けれど、男の顔がくちづけもなしに首筋にぎゅうと埋まったものだから、照れてるな、ふふん、と得意になった。勝ったと言いたいところだが、この勝負、遺憾ながら引き分けである。
だって私の両腕も、ホムラの背を掻き抱いて離れない。溶けたところがくっついてしまったみたいで、だからそう、溶かしたホムラが悪いのだ。春だなんだと言いながら、一足飛びに熱帯夜を運びこむ男には、責任をとってもらわなければなるまい。
「今日はお前の腕が痺れるくらい、思いきり尽くしてもらおうか」
「腕どころか全身痺れてしまいそうです。ラフレシアさえ凌駕する抗いがたい猛毒だ。ああ、素敵ですマツブサ様……」
人をどくポケモン扱いしてうっとりするな。
口説き文句は微妙だったが、縋り付く力強い腕、頬をくすぐる短髪、火照った吐息、どれもこれもが可愛らしくて、悪い気がしなくなってしまった。
紫の髪を鼻先でかきわけて、ちうと何度かくちづける。耳をぱくりと食んだ途端に跳ね起きた赤い顔と至近距離で見つめ合い、くちびるの重なる寸前で囁いた。
「ふふん。望み通り動けなくして、頭からぱくりと食ってやろう」
「毎度動けなくなるのはマツブサ様の方ですが」
「ぶ、無礼な……!」
間髪入れずに返された。口では冷静に突っ込んで、余裕のない様子で昂ぶりをグイと押し付けてくる。まったく、可愛くなくて可愛い男だ。ぞくぞくと背筋が震えても、腕の檻にとらわれていては逃げ場もない。観念して……いや、こうしたかったのは、最初から私の方だ。
ぎゅっと抱きしめ返して、お好きにどうぞと身体で示す。今度はホムラが身を震わせた。ぬくぬくとした気持ちになって「春だな」と今一度告げてやれば、「はい、お花畑みたいです……」なんていよいよ愛らしいことを抜かすので、声を上げて笑ってしまった。
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