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アニホムマツ工場
アニホムマツ工場

No.15

6V最強こじらせフェアリー


「抱けません」
「えっ」
「抱けません。マツブサ様は童貞がお好きでしょう」
「えっ?」
「私はマツブサ様のご寵愛を失いたくないのです。ですから、抱けません」
「ええっ!?」

 マツブサは激怒した。必ず、かの初心童貞の操をいただかねばならぬと決意した。


 ──時は少しばかり遡る。

 夢見る世界はほど近く、大地の化身も鼻の先。
 お天道様が燦々輝く真っ昼間、磨きぬかれた廊下をるんるん道行くマツブサは、盛大に足を滑らせた。あわや転倒、華麗に宙舞う痩躯はしかし、おとぎ話の姫君よろしく軽やかにすくわれた。

「むっ?」
「お気をつけください、マツブサ様」

 マツブサはぱちぱちと瞬いた。
 突然世界が回転したと思ったら、厚い胸板に抱き込まれ、天を向いた鼻先で、恋知らぬ処女さえ蕩かしそうな美貌がこちらを覗き込んでいた。ちかちかと目の眩むなか、すっかりお馴染みの固い手のひらを背中に感じて、もしかして私、転んだ……? とようやく気付いたマツブサは、己を抱き寄せる力強い腕にどきりとし、甘やかに垂れる眼差しのひたむきさに面食らった。
 その男、間一髪でマツブサを救った王子様もといホムラは、瞬くばかりのあるじに向けて「大丈夫ですよ私がお守りしてますからね」と言わんばかりの微笑を浮かべて、実際に「大丈夫ですよ私がお守りしてますからね」とズケズケと言い放った。マツブサはつい唇を尖らせた。
 しばし見つめ合う。長い睫毛に縁取られた精悍な瞳が「ずっとこうしていましょうね」なんて言い出しそうな危うい熱を帯びはじめた。慌てて身をよじる。片腕にやすやすと支えられている上半身がより不安定な角度をとったため、マツブサの身体はひょいと姫抱きにされてしまった。
 異論を挟む隙もなく、整った鼻梁が間近に迫る。思わず目を瞑って身構えると、頬に柔らかいものがくっついた。もちもち、むにむにと、滑らかな頬を大胆に味わう不届き者は、どうやらホムラのほっぺただ。なんとまさか、ポチエナもびっくりの愛くるしい頬ずり攻撃を受けている。……マツブサは目をまんまるに見開いて、しばしのすりすりを享受した。
 ところで往来である。数人のしたっぱが、ジブンは何も見てませんからッ……! という必死の形相で、蜘蛛の子を散らすように駆け抜けていった。
 くっついた頬が、しっとりと別れを告げた。

「う……うむ。いつもすまないな、ホムラ」
「はっ。ご無事で何よりです。ところでマツブサ様のおみあしを狂わせたこの下衆な床材を選んだ業者への処遇についてですが」
「待て待て、私が勝手に転んだのだ。そういうのはよしなさい」
「お咎め無し、現状維持ということで。ではこれ以上の危険に見舞われぬよう、お部屋までお運びさせていただきます」
「またかぁ……」

 今日もホムラは元気ハツラツだった。このおせっかいな側近が蝶よ花よマツブサ様よと甘やかしてくれるものだから、己の足腰は弱りゆく一方なのではないかと、マツブサは真剣に疑っている。
 配慮に満ちた足取りが執務室へと歩みだした。思いがけず手持ち無沙汰どころか手荷物扱いとなったマツブサは、太ましくそそり立つ首筋へと戯れに鼻先を寄せてみた。愛くるしい部下の肌は温かくこれを歓迎した。いたずらに嗅ぎまわる上司を宝物のように運ぶ男は、時折くすぐったそうに身を震わせながら、お好きにどうぞとマツブサの勝手にさせている。
 ふと首を傾げてみれば、赤い襟足がさらりと遊んだ。この後は書類決裁を残すのみで、特段重要な予定は入っていない。だから、ふむ……なんて意味ありげに呟いて、隆々とした胸板を手慰みに撫でながら、優雅に濡れる舌で戯れを転がした。

「ホムラは本当に私のことが大好きなのだな」
「はい。心よりお慕いしています」
「想ってもらえて嬉しいよ。だが、私は真っ白な童貞が好きだから……。お前ほどの器量良し、経験がないわけがあるまい?」

 己を支える男の指を捕まえて、そのうち一つをきゅうと握る。恣意的であざとい上目遣いに、それとわかっていて可愛い部下は引っかかった。とっておきの内緒話をするように、ホムラのくちびるが降りてくる。ぽってりとしたそのあわいから伝わる熱がマツブサの耳朶を湿らせて、低い囁きが心を揺らした。

「是非ともお耳に入れたいことが。なんとわたくしホムラはですね、五つの頃から己を魅了してやまない人がこうして焦らしてくださるものですから、二十七歳童貞です」
「はぁ……ますます私好みじゃないか……♡」

 蕩けるように呟いて、マツブサは熱い舌でくちびるをなぞった。ホムラの恭しいくちづけが手の甲に降ってきて、次いで白い歯が人差し指を優しく咥えた。

「このやり取り何回目ですか……? そろそろご慈悲をいただかないと、このままではフェアリータイプに進化してしまいます」
「あく/フェアリータイプ複合か。確かガラル地方にいたな? オーロンゲ……、ビルドアップポケモンだ。お前にぴったりじゃないか」

 くすくすと肩を揺らせば、美しい狼は甘えているようにも恨めしげにもとれる唸り声でぐるぐると喉を震わせた。すっかり気を良くして笑ってると、「あまりいじわるを仰らないでください」と拗ねた声が降ってきて、ずり下がりつつあった身体を軽々と支えなおされた。一瞬ぴょんと宙に放り上げられたマツブサは、「ひゃうっ」などとこぼした口を慌てて閉じて、平静を装った。
 再び歩み出した男の首にしっかと抱きつき、すがりついて身を任す。ほのおのからだから伝わる熱が、ぽかぽかとマツブサを温めた。

「いたずらごころも、おみとおしも、持ち合わせる余裕はないですよ」
「わるいてぐせで翻弄したらいいではないか。ふふ……」
「はっ。ではお言葉に甘えて」
「んんっ、やめなさい、ふ、くすぐったいぞ」

 耳を食まれて身をよじる。幼子のように足をバタバタと動かしてじゃれあっているうちに、執務室が見えてきた。部屋の前に控えるしたっぱたちが姿勢を正して扉を開く。
「ご苦労、下がっていいぞ」と労うマツブサを抱えたホムラは部下へ一瞥もくれることなく、濃紫の絨毯が敷かれた部屋へと足を踏み入れた。重厚な音を立てて扉が閉まり、世界が二人だけに切り取られる。
 しんと静まり返った空間で寄り添うも束の間、そうっと丁重に降ろされて靴底に柔らかな感触を感じたマツブサは、ホムラの体温や息遣いの離れゆくのが惜しくなり、逞しい胸に置いた手はそのままに彼へと向き直った。ホムラは、注がれる視線に首を傾げるでもなく、言葉を紡ぐでもなく、ただ同じだけ熱烈に、燃えるまなざしを返している。
 マツブサは唐突に、『今だ』と閃いた。

 ──マグマ団の勝利は目前だ。なれば、今こそ満を持してホムラと契る時である!

 マツブサははしゃぐ気持ちを押し隠し、ふわりと長衣を揺らして愛しい男に顔を近づけた。あるじのご機嫌な仕草を前にして、ホムラは真顔でありながらも嬉しそうに尾を振っている。硝子窓から射す陽光が、愛らしい部下を祝福とばかりに照らしだした。
 瑞々しく光を弾く二の腕、隆々とはち切れんばかりに熟した体躯、マツブサに焦がれる眼差しを向けるかんばせの、彫り深く芸術品のように整う雄雄しさといったら。本日も、水の滴る美丈夫っぷりは健在だ。
 マツブサは艶やかにとろりと笑んだ。直視したホムラはさっと頬を赤らめた。
 くすくすと期待が喉から漏れた。はしたない響きにならぬよう、努めて静かに男の名を呼ぶ。けれど、この愛おしい雄に許可をやろう、褒美をやろうとときめく心が、呼ばう声音に媚態ともとれる艶を与えた。
 ホムラは夢見心地に口を開いて、短く応えた。
 そうして、長い足を折りたたんで跪き、陶酔した上目遣いを捧げて言うことには。

「ああ、とうに虜である男をこうも誘惑なさるなんて、マツブサ様は本当にイケナイお方だ……。決して情を交わすことは許されないというのに」
「ふふ、…………えっ? なんて?」
「抱くわけには参りません」
「んっ?」
「抱けません」
「えっ」

 ──冒頭のそれであった。


 愕然としたマツブサは、咄嗟に胸ぐらを掴んで恫喝しそうになったが、ぐっとこらえて『いや、こやつほどの男が据え膳食わぬはずがあるまい。きっと照れているのだ』と気を持ち直した。初心で可愛い私の仔犬が、何よりも私を大切にするこの男が、まさか私を拒むはずがないという確固たる自信があった。
 ホムラはとうにマツブサのものである。マツブサが欲し、また相手もマツブサを欲してやまぬ存在である。けれど、その男は立ち上がりざまにマツブサの両肩を掴んで、熱に浮かされた身を優しく残酷に引き離した。

「初物でなくなったら、歓心を失ってしまわれる。そうですね?」

 誠意に満ちた面差しが、ちらと白い歯を覗かせて微笑んでいる。それは、マツブサの目に寂寥を滲ませる仔犬と映った。マツブサは、己のしでかした過ちに気がついた。

 ──このよく出来た側近には、降り注ぐ流星群さえ霞むほど、無上の愛を注いできた。寵愛の蜜にとっぷり浸して、「お前は私抜きには生きていけない、そうして私もお前抜きには生きていけないよ」と、精神の深いところをぐちゃぐちゃにかき乱し、煮え立たせ、マントルを抱く猛き男に育ててやったつもりである。
 けれども、身体を許さぬまま猫かわいがりし続けてきたせいで、「マツブサ様は『決して手を出さない私』を愛している」という思い込みを植え付けてしまっていたらしい。

 マツブサは青ざめた。失策を悟っても、とうに後の祭りである。

「そんなわけあるか! 大体お前、『ご慈悲を』なんて言っていたではないか!?」
「はい。愛していますマツブサ様。狂おしいほどにあなたが欲しい……。ああ、ひとつに融け合うことができたらどんなにか! 私はあなたに恋い焦がれる誠実な雄であり続けます。ですので、劣情に身をやつすことはございません」
「すこぶるつきの良い男が童貞をこじらせるんじゃない!」
「はっ、ありがとうございます」
「褒めてない!!」

 黒手袋をするりと脱いだ指先が、マツブサの震えるかんばせを愛情に満ちた手つきでなぞった。眼前に立つホムラの凛々しいくちびるは、マツブサをぺろりとたいらげそうな狼の風情に歪んでいる。けれどその指先は狼藉を働かず、ゆっくりとマツブサの稜線を清らかな愛情でふやかした。憔悴する心と裏腹に、耳の付け根から首筋へと辿られるこそばゆさは好ましく、知らず固くなっていた身体から恍惚と力が抜けていく。マツブサはぞくりと身を震わせて、恥じらいに濡れた吐息をこぼした。

「んっ、ぁ……、ホムラ……」
「では、お仕事に戻りましょう。どうぞ」
「………………」

 マツブサは丁重にエスコートされ着席した。
 火照った身体は置いてきぼり、「あなたの相手はこいつですよ」と言わんばかりに積まれた書類。マツブサは仰天して、斜め後ろに立つ男を見やった。後手に腕を組んだホムラが、いっそ清々しいまでの表情できょとんと瞬いた。

「どうなさいました? 先にお食事にいたしますか」
「こっ……この童貞!!」
「はっ。お側に」
「呼んでない!!」
「ええ……?」

 年甲斐もなく頬を膨らませたマツブサのうなじを、無遠慮に、けれど紳士的な指の腹がちょいとなぞった。なんとも憎らしく愛らしいご機嫌伺いだ。身体は正直に快感を拾ってぞくぞくと震えたが、懐柔されてたまるかと顔を背けて抵抗を貫いた。

「マツブサ様」
「…………」
「マツブサ様……」
「………………」
「お気に召しませんでしたら、一休みいたしましょう。ベッドまでお連れいたします」

 マツブサの耳元に、弱りきったくちぶりの誘い文句が飛び込んだ。固い指先がうなじを離れて、弾力のある厚いくちびるが、白肌にちうと吸い付いて慈悲を乞う。
 そら来た! マツブサは目を輝かせて安堵した。ああは言っても若い雄、やはり手を出さずにはいられまい。執着の滲むくちづけ、情欲にけぶる吐息を漏らしてうなじを味わう狼のくちびるがその証左だ。
 マツブサは胸を高鳴らせ、勝利の予感に酔いしれた。仕方のない奴めと余裕ぶって澄ました声が、上ずった。

「ふっ。ベッドに連れ込んで何をするつもりだ……? このスケベ」
「何もいたしません」
「………………」
「誓って」
「ぐうーっ、誓うな!!」

 マツブサは激怒した。必ず、かの童貞を貪り喰ろうてやらねばならぬと決意した。


 ***

 その晩、童貞事件の早期解決に臨むマツブサは、思い詰めた面持ちで受話器を握りしめていた。テーブルランプの仄明かりに沈む中、ディスプレイの青白い光に目は冴えて、無機質に鼓膜を叩く呼び出し音が、マツブサにごくりと唾を飲ませた。
 伏せられた睫毛の下で、瞳は欲に燃えていた。長年ホムラにおあずけを強いてきたのはマツブサだったが、いざ自分がおあずけをくらう立場になると、一刻も早くあのとっておきのご馳走をいただきたくて堪らなかった。
 もはやなりふり構ってはいられない。マツブサは決して人には言えない手段をとった。
 そう、つまるところ電話の相手は──

「……もしもし」
「アオギリか。聞きたいことがある、手短に頼む」

 宿敵、アクア団のリーダー、アオギリであった。

「はァ~? のんきに電話なんかかけてんじゃねえよ、マグマ団のリーダーさんよぉ」
「では切る」

 かけたはいいが、いざ巻き舌で煽られたら腹が立った。

「早ぇよ! なんだよ気になるだろうが! チッ、しゃあねえ。話くらいは聞いてやる。で? アクア団に叩き潰されてぴーぴー泣く予定のマツブサちゃんが、なにを聞きてえんだって?」
「くっ、相変わらず無礼な男め……! まあいい。それがな、ホム……いや、私とホムラはまったくの無関係で、とある知人の話なのだが」
「ぜってえお前らの話じゃん。嫌な予感するわ。聞きたくねえんだけど」
「長年焦らしすぎたせいか、抱いてもらえないのだ。どうしたらいい?」
「聞きたくねえんだけど!!」

 突然のがなり声に眉をひそめて、マツブサは受話器から耳を離した。海に傾倒する男はこれだからいけない。ならず者め、と舌打ちしたい気持ちをこらえて、「それで? 貴様には解決策がわかるか、わからないか、どちらだ」と仏頂面に続けた。
 悲しいかな、マツブサにはアオギリと当事者のホムラ以外にこんな話を打ち明けられる相手がいなかった。下手に出ることは矜持が許さないものの、藁にもすがる思いで返答を待つ。深々とした溜息が聞こえて、次いで、そっけない声が耳を打った。

「そりゃ、色仕掛けでもすりゃ一発だろうが……お前、色気ねえもんなぁ」
「ぶ……無礼な!!」

 陸の力を知らぬ者はこれだからいけない!! マツブサは歯ぎしりをした。
 しかし、悔しいが相手はさすが別世界を生きる無法者の長である。思ってもみない着眼点だ。考えてみれば、なるほどアオギリの指摘は的を射ているように思えてきた。
 色気、色気とは……と首をひねっていると、受話器の向こう側で、ならず者が水を得た魚のようにピチピチとはしゃぎだした。

「ねんねちゃんだからなァ! マツブサちゃんはなァー!!」
「ぐ。き、極めつけの無礼者め! 色気など……っ、どうしたらいい、言ってみろ」
「はん、偉そうに。それが人に教えを請う態度かあ?」
「ぐうっ、貴様覚えておけ……! 教えて下さい。ほら言え、すぐ言え、さっさと言え」

 早口にまくし立てる。ホムラとの共寝のためならこれしきの屈辱安いもの、とくちびるを引き結んだものの、耳元で品のない笑い声が炸裂したせいで、脳裏に思い浮かべたホムラの表情が「マツブサ様……」と悲しげに歪んでしまい、とっさに受話器を叩きつけそうになったがすんでのところで耐え切った。

「ハァ~おっもしれえ! んなの知るかよ、経験でも積みゃいいんじゃねえの」
「経験……? ふむ。そうとわかれば善は急げだ! 感謝するぞアオギリ。ではな」
「はあっ? ちょっ、待て、もし浮気なんざしたらあの野郎にお前……」

 まだなにか喚いている気配があったが、マツブサはガチャンと受話器を下ろした。
 ふっと鼻で笑ってほくそ笑む。あの男、バイバイのあとも延々と電話を切れない寂しがりだと見える。髭面のならず者にも、可愛いところはあるものだ。
 それにしても……。
 経験、経験、経験ねえ。口の中で実態のない単語を転がしてみる。それはどんな味だか露とも知れぬ。けれど、手に入れる方法はすぐにピンと来た。
 身も蓋もない言い方をすれば、今は出口たる尻穴を魅惑の入り口へと改造すべく、身体を慣らせということだろう。他の男など論外、となれば、アダルティなグッズを購入して挑むべし! そしてその道は開かれている。

 なんと、マツブサはネット通販を使えるのである!!

 できるリーダーは違うな、と口端を上げて襟足をファサッと払ったマツブサは、早速パソコンを立ち上げてぽちぽちとショッピングを始めた。実のところ、めぼしい通販サイトはブックマーク済である。マツブサも男の子なので、そういうことには俄然興味があった。
 画面上では、多種多様なブツが屹立してギラギラとその身を主張していた。下品すぎて気が引けないでもなかったが、ええいままよと本腰を入れて吟味する。
 ──大人になったホムラの現物を目にしたことはないが、あれほどの男前だ、おそらくは悪タイプの王様みたいに立派に違いない。そうきっとこの一番えげつない見た目の商品みたいに!
 大層逞しいそのイチモツがホムラの股間から生えているところ、そして天高くそそり立たせたソレを見せつけるようにしごくホムラを想像して、マツブサは肌を真っ赤に染め上げた。実践前からこんな調子でどうする、と、火照った身体を冷ますようにバスローブを脱ぎ捨てる。一糸まとわぬ姿になったマツブサは、激しく波打つ胸にそっと手を這わせて、今一度お目当ての商品写真をじっくり眺めた。
 そのページには「※上級者向け」と記載されていたが、マツブサは大いなるマグマ団のリーダーである。初心者だが問題なかろうと英断を下し、それでもやっぱり恥じらいに頬を染め、もじもじと両足をすり合わせながら購入ボタンをクリックした。


 そうして、そいつはご希望通りに明くる日届いた。


「マツブサ様ですね~。お荷物お間違いないスか?」
「うむ」
「はい~ではここにハンコくださぁい。……あざっしたー」

 たまの休日、晴れ渡る空、えんとつ山を望む麓に根ざした、マツブサ所有の由緒正しい別荘地。自慢の数奇屋門を背にして遠ざかる配達員の姿を見送ったマツブサは、満面の笑みを浮かべてぎゅっと輸送箱を抱きしめた。

「ふふ……! 待っていたぞ。早く試さねば……!」
「何を待っていたのですかマツブサ様」
「ウワ!!」

 不機嫌そうな声がして、背後からたくましい腕に抱きすくめられた。力強い顎が無遠慮に肩に乗り、マツブサの手元を覗き込む。密着した背中、薄手のシャツ越しに寝起きの温もりを感じて、後ろめたさに鼓動が跳ねた。
 ちらと見たホムラのおもてには、『私に無断で』という不満がありありと浮かんでいたが、マツブサは毅然とした態度でツンと顎を上げた。いちいち部下にお伺いを立てねばならぬ道理はない。私だって一人でお買い物くらいするのだ、そもそも今日だって別荘に護衛など必要ないのだ一人でできるもんなのだ……!と湧き上がる反抗心はしかし、腹に回された手がさっと箱を奪い取り、なんの伺いもなく梱包を破き始めたものだから、瞬時に萎れた。

「わーっ! なにをするホムラ! 勝手に開けるな!」
「失敬、危険物が混ざっていないか確認を……、アァ?」

 抵抗むなしく、段ボールが投げ捨てられてド派手な中身がお目見えした。乱暴に引っ掴まれた透明なプラ箱は少しひしゃげていたが、それでも、『ドドド淫乱ご満悦!衝撃爆震あなたの恋人♡』なんて文字を背負ってデカデカと佇むソレは、しっかりと二人の目に入った。

 空気が凍った。

 やましいことなど何もない。隠さねばならぬものでもない。
 ……はずなのだが、マツブサは心の中で「助けてグラードン……」と、まだ見ぬ彼に追いすがった。
 プラ箱から取り出したブツを握りしめたホムラが、空いた腕で無遠慮にマツブサの腹を抱いた。まろやかな脇腹に指が食い込む。マツブサはビクンと肩を揺らした。

「なんですか、これは」
「……そ、ううん、なんのことかね……?」
「マツブサ様がしっかりと『お荷物お間違いない』ご確認をされて『早く試さねば』ともおっしゃられた、この『ドドド淫乱ご満悦衝撃爆震あなたの恋人』なる不埒なコレは、なんですか」
「あう……!!」

 逃げられなかった!!
 至近距離から威圧してくる冷ややかな美貌、マツブサを射抜く瞳は猛獣めいて、今にも喉笛を食いちぎらんとせんばかりに爛々と光り返事を待っている。
 寵愛する部下から不遜な態度をとられた驚き、それから、不貞が発覚したかのような罪悪感、どさくさに紛れて男性器の形をしたソレでぐりぐりと服の上からへそをいじめられる羞恥心、下腹を撫でさする手に煽られる劣情……、一挙に押し寄せる感情に苛まれたマツブサはすっかり縮こまり、茹で上がって、ぷるぷると震えだした。

「う、あ、えっと、ほら、……いわゆるその、……ばいぶ……なのだ……?」

 無防備な下腹を容赦ない手のひらが圧迫する。子犬のようにきゃんと鳴いたマツブサの耳に、怒気の滲む低い囁きが注ぎ込まれた。

「用途は」
「よ、用途!? うっ、……な、慣らすために……」
「慣らす? このような下品な棒で? なにを慣らすおつもりですか」

 犯罪者を取り調べるおまわりよろしく、ホムラの顔つきがますます険しくなっていく。馴染みある形をしたソレがヘソのたもとで力強く握りしめられ、ミシミシと軋んだ音が肌を伝って、思わず股間がひゅっとした。転じて、己に忠誠を誓ったはずの男が重ねる度を越した蛮行に、堪忍袋の緒が切れた。

「ええい、わかりきったことを……! なぜ私が詰問されねばならんのだ!! そもそも、お前がさっさと手を出せばこんな策を弄せずとも済んだのだ!!」
「マツブサ様、」

 突然逆上し、滅多とない大声で吠えたにも関わらず、怒れるあるじを抱えたホムラは身動ぎすらしなかった。それがかえって、マツブサの怒りを募らせた。

「ホムラのイケズ! すっとこどっこい!! なぁにが『ご寵愛を失いたくない』だ無礼者、一度抱かれたくらいで飽いたりするものか!! 死ぬまで抱け!!!!」
「マツブサ様……」
「ほらどうした! 私を満足させてみろ!!」

 経験を積んで色気たっぷりにホムラを誘惑してみよう!……という企みだったはずが、色気はおろか、ムードのひとつも醸せずに、マツブサはいまや暴君と成り果てていた。
 その気もないのに覆いかぶさる身体が癇に障って、マツブサは激しくもがいてホムラを振りほどこうとしたが、がっちりと抑えこまれて余計に密着されてしまった。ふうふうと息を荒げて、憎たらしい剥き出しの腕に爪を立てる。さすがはマグマ団きっての頼れる懐刀、こんな時まで誇らしく思えてしまうのが悔しいが、頑として抜け出せそうにない。
 ええい腹の立つ!と暴れ子エネコのような抵抗を続けるうちに、へそからバイブが離れたのに気付いて、ぴくりと身体が戦慄いた。見下ろせば、握りしめられたそれがマツブサの上半身へノックを始めて、へそより上を目指すように、とん、とん、と上りはじめた。
 断りなくやわな肌をつつきまわす暴挙、不快というより不気味な感触に眉根を寄せた刹那、「申し訳ありません」と頭越しに謝罪が降ってきて、故意か偶然か、固いそれの先が左胸の小粒を押し潰すように突き立てられた。とっさにくぐもった声が出て、マツブサは怒りとは違う感情で肌をかっと赤らめた。

「お許しください。私は貞操を守ることこそ最大の献身と思っておりました。しかし、それはとんだ誤りだったのですね。マツブサ様をこうも不安にさせてしまうなど……」

 しおらしい声に反して、ホムラの操る不埒な棒が、胸の先端を押し上げ、つついて、こね回すようにいびり始めた。明確な意図を持って動かされるそれに、マツブサは耐えられず嬌声を上げた。羞恥心に勝る歓喜が、くちびるを笑みの形に歪ませる。マツブサは快感もあらわな息をこぼしながら、固いそれにそっと指を這わせた。
 もたらされた刺激は喉から手が出るほど欲しいものだったが、だからこそ、無機物を通してではなく、ホムラ自身の指で与えられたかった。

「ホムラ……! わかってくれたか! そうだ、私はお前と……」
「はい。私と愛を育みたくて、先走ってしまわれたのですよね。もどかしかったでしょう。申し訳ありません、マツブサ様……。ですが、こんな手段はいただけません」

 すい、とバイブを遠ざけられて、乳首への刺激が止んだ。あ、……と物足りなさに喉を鳴らしたマツブサのねだるようなまなざしが、底なしに愛を惹き寄せるホムラの瞳に絡め取られた。
 溺れる、そう直感した瞬間、ホムラの指が、ぎゅうと胸の尖りをつまんだ。バイブ越しの快楽など比ではない電流が、胸の先から下腹部へと迸った。

「あぁっ! んっ、ほむらっ……!」
「マツブサ様を善がらせていいのは私だけだ!!!!!!!!!!」
「ヒッッッ」

 あらん限りの膂力をもって投擲されたバイブが、見事な弧を描いて遥か彼方へ飛んでいった。解放された乳首の疼きも忘れて、あっけにとられる。
 お、お前が勝手にグリグリしたくせに!? ……なんて突っ込む間もなく、マツブサは思いやりをかなぐり捨てた指先に顎を捕まれ、飢えた狼さながらぎらつく紅顔にくちびるを奪われた。

「んぅ、ン! っ、ふ……」

 ──全身が灼熱の欲に炙られる。
 後頭部を掴まれて、下唇を食まれ、気持ち良いところを無遠慮な舌に嬲られて、『嬉しい』、『ホムラ』、そればかりが思考を占める。みだりがわしい水音に耳を犯されて、乱れた吐息も余さず味わうように、角度をかえて何度も何度も、互いの柔らかいところが押し合い、くっつき、形をかえて、ひとつになってはまた離れ、そうしてまたひとつに溶け合い絡みあう。
 激しい口づけの合間、わずかに離れたくちびるが糸を引き、荒々しく肩で息をする二人の濡れたまなざしが交差した。技巧も手管もあったものではなかったが、衝動に逸る初心なキスは大いに情欲を煽りたて、マツブサを天にも昇る心地にさせた。

「っはあ、ん、ふ……! はっ、きもちい、ほむらっ……」
「はァっ……お可愛らしいです、マツブサ様……」

 多幸感に背筋がじんと痺れて、己を包み込む広い胸郭にすがりつく。いやらしい真似だとわかっていて、マツブサは揺れる腰ごと身体を押し付け、男の顎先をくすぐるように甘く食んだ。上目遣いに窺えば、細められた垂れ目がいっそう蠱惑的に蕩けて見えた。
 力の入らぬ指先で、引き締まった胴を掴む。「はやく……」と、マツブサのすべてを明け渡す呼ばい声、掠れた吐息に求められたホムラが、にぱっと笑った。
 それは太陽よりもまばゆく輝いて、とても照れくさそうな、嬉しくて幸せでたまらないというような、マツブサが大好きな男の稀に見る最高の笑顔だった。
 心臓をぐわりと捕まれ、身体がよろめく。とどめとばかりに、愛情に満ちた手つきで大事に大事に抱きしめられた。華奢な身体を抱く雄々しい腕、甘えるようにすり寄せられた熱い下半身、くちびるに、頬に、瞼に、首筋に、止むことなく降り注ぐ無上のキス……。
 舞い上がって喜悦に蕩けたマツブサの頬に鼻先をちょんと寄せたホムラが、「愛しています、マツブサ様……」と真っ白な誠意に満ちた愛を囁いた。

「まずは交換日記からですね……」
「エ゛この期に及んで!?!?」
「晴れて恋人です、ふふ……!!」
「エッ付き合ってなかったのか!?!?!?」

 驚愕に全身から力が抜けた。ホムラはいっそうあどけなくふにゃふにゃとはにかんでいる。
 マツブサは怒髪天を衝く勢いで憤怒した。必ずやこの筋金入りの童貞を悩殺し、理性を失くした獣のように滅茶苦茶にしてやらねばならぬと決意した。
 ……つもりだったが、千切れんばかりに激しく尻尾をぶん回し、腹を見せて転がる大型犬のごとく愛くるしいホムラを前になすすべもなく絆されて、自らもめいっぱい相好を崩して、ホムラにぎゅーっと飛びついた。


  ***

「……ということがあってな。ゆっくり進もうと決めたのだ。ふふ。まさか清らかなお付き合いから始める羽目になろうとは! まあ、じっくりとろ火にかけられるというのも、これがなかなか悪くない。無論、私ではなく知人の話なのだが」
「だから聞きたくねえんだって!!!! ……いや待て、交換日記の件は気になる。まさかマジで始めた?」
「うむ。すごいぞ。業務日誌か? みたいな内容に、愛の言葉が数ページ挟まる。それも毎日」
「ウッワ………………」
「気になるか。見たいか。見せんぞ! ふふん」
「グゥ……!! 悔しいが正直見てえ」

 マツブサは朗らかに笑った。
 難攻不落の愛すべき男とのお付き合いは、まだ始まったばかりである。




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